横浜地方裁判所 昭和32年(ワ)659号 判決 1958年6月23日
原告 有限会社富士商事
参加人 大同信用協同組合
被告 川崎市
主文
参加人が昭和三二年八月二日、横浜地方法務局川崎出張所昭和三二年(金)第一〇八三号をもつて被告のした供託金一〇二、二六四円の還付請求権を有することを確認する。
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は全部原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は被告との間で、原告が主文第一項記載の供託金一〇二、二六四円の還付請求権を有することを確認する、被告は原告に対し、右供託金の供託書一通を引渡せ、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並びに参加人の請求に対し、参加人の請求を棄却する、との判決を求め、被告訴訟代理人は原告並びに参加人の請求を棄却する、との判決を求め、参加人訴訟代理人は主文第一項同旨並びに訴訟費用は原、被告の負担とする、との判決を求めた。
原告訴訟代理人は請求原因として、(一)原告は昭和三二年四月一一日、訴外矢川工業株式会社から同会社が被告に対して有する、川崎市大師河原下殿町五四七一番地、第五区街路橋工事請負代金四三二、〇〇〇円の債権を譲受け、同会社は昭和三二年五月二二日、鶴見郵便局第五八号内容証明郵便をもつて、被告に対しその旨通知をした。(二)しかし、訴外会社の右請負工事は一部施行せられただけで、完成にいたらなかつたため、被告の支払うべき代金は精算の結果、金一〇二、二六四円となつたが、被告は右債権の債権者を確知することができないとして、昭和三二年八月二日横浜地方法務局川崎出張所昭和三二年(金)第一〇八三号をもつて、これを供託し、債務を免かれた。よつて、原告は右供託金の還付請求権を有することの確認並びに右権利行使に必要な供託書の引渡を求めるため、訴を提起した、と述べ、
参加人の参加の理由に対し、参加人がその主張のような債権譲渡を受け、譲渡人よりその旨の通知があつたとの点は不知、被告が右債権譲渡を承諾したとの事実及び右通知または承諾に確定日附があるとの事実は否認する。かりに、参加人が本件債権を譲受け譲渡人よりその旨の通知をし、又は、被告がこれに承諾を与えたとしても、それらは確定日附のある証書でなされていないから、確定日附をもつて対抗要件を具備した原告に対抗し得ない、と述べた。
被告訴訟代理人は、原告の請求原因並びに参加人の参加の理由に対する答弁として、被告と訴外会社との間に原告及び参加人主張の如き工事請負契約が結ばれ、訴外会社はその工事の一部を行つただけで工事が未完成に終り、結局、被告が訴外会社に支払うべき請負代金が一〇二、二六四円となつたこと、訴外会社より被告宛に、原告主張の日時に原告主張の如き内容証明郵便により債権譲渡の通知があり、参加人主張の日時にその主張のような債権譲渡の通知があつたこと、並びに原告と参加人主張の日に被告がその主張のような供託をしたこと、及び供託書を所持している事実は認める。被告が債権譲渡を承諾したとの参加人主張事実は否認する。訴外会社は原告と参加人に債権の二重譲渡をしたものであつて、被告としては何れの債権譲渡が優先するか、確知できないためこれを理由に右供託をしたが、この状態はいまもなお変りがない、と述べた。
参加人訴訟代理人は参加の理由として一、参加人は、昭和三二年四月八日前記訴外会社から同会社が昭和三二年三月一二日、締結した請負契約により、被告に対して有する、川崎市大師河原下殿町五四七一番地第五区街路橋工事代金債権四三二、〇〇〇円のうち、金三八〇、〇〇〇円の債権の譲渡を受け、訴外会社は同日、被告に対し債権譲渡書を呈示し且つ副本を交付して債権譲渡の通知をなした。その際、公署である被告は右書面にその日の日附と債権譲渡を了知する、旨を記載したので、この債権譲渡の通知は確定日附をそなえるとともに債務者より確定日附ある証書により債権譲渡の承諾を得たわけになる。二、しかし訴外会社は原告主張のとおり前記請負契約の一部を履行したにとどまつたので被告より支払をうけられる代金は金一〇二、二六四円となつた。三、よつて参加人は被告から右金額の支払を受けるべく準備中のところ、原告は右訴外会社から前記工事請負代金債権の譲渡を受けたと称し、被告に対しその支払を請求するので、被告は債権者を確知し得ぬものとして、原告主張のとおり右金額を供託し、債務を免かれるに至つた。四、原告が債権譲渡を受けた事実はないが、仮りに、そのような契約をしたとしても、参加人の債権譲受はこれに先だち、かつ、適法な対抗要件をそなえているから、原告主張の供託金還付請求権は参加人が有する。よつて、その確認を求めるため、参加を申出たものである、と述べた。
立証として、原告訴訟代理人は甲第一乃至三号証を提出し、参加人と双方申請にかかる証人国府田哲の証言を援用し、丙第一、二号証は不知、丙第三号証は成立を認める、と述べた。参加人訴訟代理人は丙第一乃至三号証を提出し、証人岡本龍、同都山昌治、同宮本寿男の各証言に原告と双方申請にかかる証人国府田哲の証言を援用し、甲第一号証は成立を認め、爾余の甲号証は不知と述べた。被告訴訟代理人は甲各号証並びに丙各号証はいずれも成立を認めた。
理由
訴外矢川工業株式会社が被告との間に代金四三二、〇〇〇円で川崎市大師河原下殿町五四七一番地第五区街路橋工事の請負契約を結んだが、同会社は請負工事の一部を行つただけで、工事が未完成に終つたため、被告より支払をうけられる代金は精算の結果一〇二、二六四円となつたことは当事者間に争いがなく、証人国府田哲の証言と同証言によつて真正に成立したものと認められる甲第二号証、丙第一号証、証人都山昌治の証言によれば、右訴外会社は工事代金が確定する前の昭和三二年四月八日、参加人に対し、右代金四三二、〇〇〇円の将来の債権のうち、金三八〇、〇〇〇円を譲渡する旨の契約をしておきながら、同年四月一一日、原告に対しても、同じ四三二、〇〇〇円の債権を譲渡する旨の契約をしたこと、が認められる。してみると、訴外会社は債権の二重譲渡をしたことになるので、いずれの譲渡が先に第三者に対する対抗要件を具え、優先するかの点を調べなければならない。成立に争いがない甲第一号証によれば、原告の債権譲受については同年五月二二日附の書留内容証明郵便により、譲渡人からその通知がなされたことが明白であるから、同日、または、おそくともその翌日、通知が到達し、その際、対抗要件を具備するにいたつたものと認められる。しかし、証人岡本龍の証言と同証言により成立を認むべき丙第一号証とによれば、被告はこれより先の同月八日、訴外会社より参加人との連署による債権譲渡書を示され、その副本を受領するとともに右譲渡書の末尾に収入役岡本龍の名義で同日の日附を記載したうえ、「右了知する」との文言を記載し、押印をしたことが認められる。
証人岡本龍の証言によれば「右了知する」というのは譲渡人の屈出により債権譲渡のなされた事実を認識したことを意味するにとどまるから、参加人の主張するように、これをもつて債務者から債権譲渡の承諾があつたものとはいえないが、私署証書たる債権譲渡書そのものによる譲渡の通知に公署である被告川崎市の収入役が「右了知する」旨と、その日附を記載した以上、右通知は以後民法施行法第五条五号所定の確定日附ある証書となつたものと解するのが相当である。すると、参加人は原告に先だつて確定日附のある証書で譲渡の通知を了したことになり、これに優先して債権を保有することができるものといわなければならない。
ところで、被告が債権者を確知し得ぬものと判断して昭和三二年八月二日横浜地方法務局川崎出張所に同所昭和三二年(金)第一〇八三号をもつて前記金員を弁済供託したことは当事者間に争いなく、叙上認定の事実関係に照すと、この判断に被告の過失があるとはみられないから、右供託により被告の負担していた代金債務は消滅する反面、参加人はこの供託金の還付請求権を取得するにいたつたわけになる。よつて、右還付請求権を有することの確認を求める参加人の請求を理由があるものとして認容し、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 森文治)